過去の記録

熱帯魚との思い出アルバム|四千年前の魚と、ヒーターの教訓

昔から魚が好きだった。グッピー、水草、エアポンプの音。そして、いつの間にか、水槽の中は古代魚だらけになった。黄色いオスカー、赤いオスカー、アルビノ、ポリプ、レッドテールキャット……。見上げるような体と、まん丸の目で、こっちを見ていた。
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文鳥との思い出アルバム|小さな命が教えてくれた、生きるということ

とある港のペットショップ。水槽のすみっこに、今にも命が途切れそうな文鳥の雛が、うずくまっていた。体は小さく、羽はしなだれていて、心細そうに揺れていた。でも、その姿を見たとき、「この子を連れて帰らなきゃ」と思ったのは、理屈ではなかった。この子が教えてくれたのは、“生きる”ことはただそれだけで、すでに尊く、奇跡なのだということ。
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小桜インコとの思い出アルバム|小さな命がくれた、祈りの時間

神棚に祀ったのは、富士山頂・浅間大社奥宮様から授かった木札。その御札の前に、米と塩をお供えした。そしてある日、その神聖な米を、我が家の小桜インコがちょこんと啄ばむ。小さな嘴と小さな体で、まるで何かを感じ取っているように。まるで、“神の使い”としてそこに存在しているかのように。
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アローカナとの思い出アルバム|青い卵と自給自足と、静かな革命

2017年、二羽のアローカナと出会った。名前は「アロ」と「カナ」。どっちがどっちだったか、もう記憶は無い。だけど彼女たちが我が家に残した“青い卵”の記憶は、いまでもはっきりと残っている。小さな体で、毎日ひとつずつ、青い卵を産むアローカナ。それはただの卵ではなく、“自給自足”という暮らしへの静かなメッセージでした。
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名古屋コーチンとの思い出アルバム|おちりと卵と、見守る暮らしの物語。

名古屋コーチンの“おちり”が好き。懐くとか、馴れるとか、そんなことはどうでもいい。ただ今日も卵を産んでくれるという奇跡。その奇跡を、少し離れた場所から「見守る」ということ。私たちの関係に、監視は要らない。必要なのは「観察と想像と、ほんの少しの愛」ってこと。このアルバムは、名古屋コーチンとの暮らしのなかで“見守る強さ”を教えてくれた日々の記録です。
過去の記録

岡崎おうはんとの思い出アルバム|家族になった日のことから

「この子たちって、このまま売れ残ったら、どうなるんですか?」2014年のある日、思わず口から出たその言葉がすべての始まりだった。まだ名前も知らなかった「岡崎おうはん」。その隣には、名古屋コーチンとボリスブラウン。飼う場所もないのに、「なんとかなる」と連れて帰ってきたニワトリたちは、やがて“家族”になった。小さな羽音が響くガレージハウスで始まった、不思議であたたかな日々のアルバムです。
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烏骨鶏との思い出アルバム|ちいさな体で、すべてを受け入れて生きる

最初に、ショップで出会ったのは、名古屋と岡崎とボリスだった。次にお迎えしたのが、ショップで、ひっそりと、それでもたくましく生きていた烏骨鶏の「うこちゃん」。ほかのニワトリたちと比べて体も声も小さくて、いつも後ろの方でこっそりごはんを待っていた。だけど、雄鶏に好かれたり、卵を温める係を任されたり、いつの間にか小さな世界の中心にいた。そんな、かわいい「うこちゃん」のアルバムです。
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ファットテールジャービルとの思い出アルバム|ぷりぷりシッポとミルク味のミルワーム

手からこぼれ落ちそうなちいさな命。両手でミルク味のミルワームを抱えて食べる姿。ちょっと間違えて噛んじゃう、おっちょこちょいな仕草。どれもこれも「マカロニ」だった理由がよくわかる。そして、今日もまた、ちいさな命のぷりぷりのしっぽを思い出すのです。
過去の記録

ジャイアントジャービルとの思い出アルバム|でかいけど、かわいい。ちょっと不思議な家族です

ある日出会ったのは、水槽越しにこちらを見つめる大きなネズミは、「ジャイアントジャービル」という生き物だった。その名のとおり、デカくて、そして、かわいいネズミ。手に乗せれば、ずしっとした重み。見上げてくる顔は、まるで「可愛いでしょ?食べちゃだめだよ?」と無言で訴えてくるようで、つい名前をつけてしまった。
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リチャードソンジリスとの思い出アルバム|警戒ゼロから始まる、穴掘り系コンパニオン

とある港のペットショップで出会ったのは、両手を使ってもぐもぐ食べて、まったく警戒心を見せないリチャードソンジリスの「りちゃ」でした。このカテゴリーでは、そんな“リチャード様”との暮らしの記録を、ちょっと笑えて、でも少しだけ考えさせられる視点で綴っています。踏ん張るでもなく、隠れるでもなく、最初からお腹を見せて寝ていたこの子との日々は、警戒ゼロの信頼と、穴掘り全開の愛しさに満ちていました。